TOPへ
 議員という仕事柄、たくさんの人とお会いします。また、市内、県下は当然として、日本中をとびまわることも多いのです。誰とお会いしても、どこを訪問しても、教えられることがたくさんあります。そんな活動の一こまを、写真とともにご紹介いたします。

 長野県へ視察研修 14.8.28(木)
 「ひとまちげんき・健康プラザうえだ」前で。向かって右から平野文活市議、私、金井 忠一さん
 政府レクチャーに先立つ8月19日、長野県上田市で健康作りを勉強。

 「ひとまちげんき・健康プラザうえだ」は上田市の健康推進課と子育て子育ち支援課などが入った施設です。

 この地域は40年50年前から健康推進委員の市民が保健師さんと一緒にがんばってきた歴史があります。

 「ひとまちげんき・健康プラザうえだ」のエントランス
 市内に660人もいる健康推進委員さん。二年交代なのでOBが増えていきます。そうして健康への意識が高い市民の裾野が広がっているそうです。

 昭和20年に今の須坂市で、忙しくがんばっている保健師さんたちに「私らも手伝うよ」と地域の女性たちが自主的に一緒に活動を始めたことがきっかけになったといいます。

 最近になって形を整えた制度と違い、やはり歴史の重みを感じます。大変勉強になりました。

 長野県庁で
 午後は長野県庁で勉強させていただきました。県庁では健康増進課の方から説明いただきました。ありがとうございます。

 長野県は男女ともに平均寿命日本一。世界でもトップレベル!
 しかも健康寿命も日本一!高齢者医療費は低い方から4番目。それは地域力によるってところがすばらしい。一朝一夕でできることではありません。

 一貫した取り組みに大いに学びたいと思いました。


 政府レクチャー 14.8.24(日)
 20、21日は日本共産党大分地方議員団で政府レクチャーのため上京しました。100項目を越える団体や住民、行政の要望を持って、経産省・国交省・総務省などなど10の省庁と話し合いました。

 仲介してくれるのは仁比聡平参議院議員ですが、あいにく仁比議員は広島で奮闘中です。それで仁比聡平参議院議員室の秘書の方に大変お世話になりました。

 文部科学省とは30人学級・正規教員増員・教員の多忙化・長時間労働・メンタルでの休職などについて話し合いました。
 平野文活市議は別府の学校の異常な長時間労働の資料を渡し「実態は深刻だ」と訴えました。

 私は「いまの基準では実態に合わない。教員定数の基準を見直さないのか」と聞くと、担当者は「標準法の改正も視野に入れて検討中だ」「教員が専門性を発揮できるよう中教審で議論してもらう」と答えました。

 国会のコンビニは国会グッズいろいろ。充実しているのにびっくりしました。私は買う気にはならないけど……。
 〈晋ちゃん饅頭〉みたいなのもあります。写真は撮る気にならなかったのでありません。

 また参議院会館のユニバーサルトイレはさすがです。障がい者の視点に立つトイレとはどういうものか、考えさせられました。

 21日は厚生労働省と話し合いました。
 子どもや障害者の医療費助成制度は、生存権に直接関わることですから本来国が責任を持つことです。しかし行政として見殺しにすることはできませんから、県や市が厳しい財政の中で実施しています。これを国の制度にする考えはないのか、毎年聞いていますが、なかなかかみ合った答えが返ってきません。

 それどころか、地方自治体が住民の声に応えて、立て替え払いが必要ない現物給付にすると、国は市の国民健康保険への国庫支出金を減らしてしまうのです。無茶苦茶だとは思いませんか。地方に感謝しろとはいいませんが、せめて邪魔だけはやめてほしい。国は国民の生きる権利を奪おうとしているのです。

 このへんの矛盾は国も感じているらしく、「裕福な自治体に国庫負担をするのは公平性という点で問題がある」とか
 「国が勝手にできない。理解を得ながら……」とか、とたんに歯切れが悪くなります。支離滅裂な言い逃れだと言うことを少しは分かっているのでしょう。

 そうなんです。「公平性という点で問題がある」ではなくて、不公平にならないように(地域格差を出さないために)国の事業にせよ、と要求しているのです。
 「理解を得ながら」、ではなく、すでに理解しているのです。だから一致して全国知事会などがペナルティはなくしてくださいと要望しているのです。

 国がやらないから地方自治体が取り組むと、さまざまなペナルティを持ち出してこれを邪魔する……。言葉遊びではありません。国民の命がかかっている問題に、こののらりくらりぶりには、心底腹が立ちます。

 今度の政府レクチャーで、私はホテル旅館の耐震化の問題や、融資の問題など、今別府市が直面している問題についても取りあげました。こうして地方から住民の声をあげていくことが、やがては国政を動かしていくことだと確信しています。

 また、先輩議員、同僚議員の質問の仕方なども勉強になります。みなさん地元の声をよく聞いてい、とても勉強していました。この日も朝3時起きで来たそうで、頭が下がります。徹夜の人もいたようです。

 こうした人たちの刺激を受けて私もとても元気になりました。
 みなさん、健康に気をつけてがんばりましょうね!


 毎週続けている朝宣伝 14.8.13(水)
 竹内よしひろさんと一緒に
 火曜日は西別府病院下で、金曜日は御幸橋で、毎週続けている朝宣伝。7月からは竹内よしひろさんも一緒に立っています。
 いつも保育園に行く途中に通る4才のNちゃん、「えんどサンきょうは一人やなくってよかったなぁ」ってママに言ったそうです。

 マイクは使わず、「集団的自衛権に反対です。憲法9条守りましょう。平和外交をすすめましょう」「消費税10%ストップさせましょう。力をあわせてがんばります」「学校の先生を増やしましょう。30人学級をひろげましょう」「みなさんの声を届けてがんばります。ご意見ご要望をお寄せください」などと、呼びかけています。

 手を振って下さったり、会釈していただいたり、激励いただくととても励まされます。ただ、もちろん安全運転が優先です。


 生活と健康を守る会が大分県と交渉 14.8.12(火)
 県交渉の様子
 生活と健康を守る会の連合会が大分県と交渉しました。
 事前に提出した28項目の要望について回答があり、10時半から4時頃まで時間配分し、県の各担当者と話し合いました。

 私は消費税や年金引き下げなどの件で「県は県民の生活を守るため国に声をあげるべき」とがんばりました。

 また「学校の先生は提出書類が多く長時間労働が深刻。ある中学では午前3時4時まで残って仕事をするなどの状況がある。非常勤講師もクラスを持ち部活を持ち同じ仕事をしている。正規教員の増員が必要だ。教員定数の基準を見直さないと実態にあっていない」と発言。

 発言する猿渡
 県教委は「文科省は新たな基準を検討している」と答えました。

 会員さん達もそれぞれ生活実態を訴えました。

 会員さんたちが生の生活事態を訴えることがとても大事だと、いつも感じています。

 竹内よしひろさんは、医療や介護の件で専門性を活かして質問しました。


 原水禁長崎大会へ 14.8.11(月)
 向かって右から2番目が猿渡、4番目が仁比そうへい参議院議員、5番目が赤嶺政賢衆議院議員、一番左が田村貴昭氏
 長崎に原爆が投下された8月9日を前に、8月8日長崎市の爆心地公園に、九州各県から日本共産党の国会議員や県議らが集まりました。
 私も赤嶺政賢衆議院議員や仁比そうへい参議院議員、各県議のみなさんらと一緒に献花をさせていただきました。

 この日の赤旗記事にありました。井上ひさしさんは言っていたそうです。「戦争で亡くなった方たちは自分はもう語ることはできないけれど、そのかわりに二度と戦争はしないという憲法をつくり守ってきた」と。
 歴史を積み重ね勝ち取った言葉が憲法だと。私達の時代にそこを壊すわけにはいかない、と思います。

 長崎原爆落下中心地碑前で
 翌9日は、長崎市公会堂での原水禁長崎大会に参加し、早朝に大分を出発した大分県の仲間と合流しました。

 爆心地から6キロの自宅で5歳の時に被爆した田中重光さんは、人間らしく生きることも死ぬことも許さないのが原爆だと訴えました。
 田中さんは「父はいつも体がだるいと言っていた。病弱になった母に父は暴力をふるうようになり、母は家出を繰り返した。母は妊娠したが、石を抱いて水風呂に入り流産しようとした」と話しました。戦争は家族の関係をも壊していくんですね。

 インドの代表は、核抑止論を集団自殺の道だと批判しました。高校生平和大使は、去年核兵器廃絶署名を19万5704筆ニューヨークに届けたことを報告しました。仏教者は、自分のできることを今行動しようと呼びかけました。

 献花
 世界に今だに1万6000発をこえる核兵器が存在していることをご存知ですか。何世代にもわたり人を苦しめ続ける核兵器や原発はなくすしかない!私もいろいろな形で発信し続けたいと思います。

 私は、長崎行きの高速バスに乗るためにお願いしたタクシーで、知り合いの運転手さんからこんなお話を聞きました。運転手さんは長崎出身で原発には反対だと以前から話していました。

 「あの時は3才で、長崎の爆心地から3キロほどの自宅から疎開していたため自分達は被爆しなかった。しかし、親戚はみな被爆。親戚を探しに行った父から、亡くなった親戚は誰だかわからない状態だったと聞いた。
 叔父は7人いた子ども達を次々と皆亡くしてしまった。内臓が腐ってしまい臭くなり、この子もダメだとわかる。亡くなる度に庭に埋めたそうだ。
 高校3年の時に突然亡くなった友達もいた。普通に元気にサッカーしていたら鼻血が出だして止まらなくなり、そのまま亡くなった。きのうまで元気だったのに翌日は葬儀だった。
 被爆から14年ほど後のことだ。差別されたから、皆こういうことは話したがらなかった」

 原水禁長崎大会フィナーレ
 私はこの話を胸に長崎での時を過ごしました。いま原爆や戦争を体験された方のお話を直接聞く機会を持つことは、とても大切ですね。

 日本を海外で戦争する国にすることを許さないためにも、原発なくすためにも、力を合わせてがんばりましょう!

 「平和は決して与えられるものではない。日々の努力で作っていくものだ。署名は世論をひろげ、ひろがった世論が平和を支える」

 街頭での6・9行動を続けてきて30年を迎えるという久留米の方の言葉は、説得力がありました。私も運動をひろげ世論をひろげるためにがんばりたいと思います。


 党創立92周年記念講演会 14.7.7(月)
 向かって左から竹内よしひろ氏、赤嶺政賢衆議院議員、私(えんど)、平野ふみかつ氏
 日本共産党北部地区委員会は、竹内よしひろさんを来年4月の別府市議選の予定候補として発表、記者会見しました。

 別府市議選は、現職で議員団長の平野文活(ひらのふみかつ65歳)と竹内善浩(たけうちよしひろ51歳)の2議席必勝を、県議選は、私、猿渡久子(えんどひさこ55歳)の必勝を期して闘います。
 7月13日には別府市社会福祉会館にて赤嶺せいけん衆議院議員を迎えて3人の予定候補が訴えました。絶対に負けられません。

 竹内よしひろ氏
 竹内よしひろさんは、地域福祉・地域医療を中心にリハビリの仕事に携わってきた理学療法士です。大分県地域リハビリテーション調整員や障がい者スポーツ指導員の資格も持ち、国立別府重度障害者センターや財団法人大分県地域保健支援センターを経て、一燈園の訪問看護ステーションや通所介護で仕事をしていました。

 今年6月末で一燈園を退職し、市議選に初挑戦します。障がい者福祉や医療・介護の現場での経験と専門性を生かしてがんばります。

 竹内よしひろ氏
 別府市は、共に生きる条例が施行され、どう実効性のあるものにしていくかが問われています。
 また、高齢化率が30%を超え、健康寿命をのばすことが課題です。

 この別府市に福祉関係の専門家の議員が必要だと思いませんか。福祉の現場でも働いてきたリハビリのプロである竹内よしひろさんは、必ず、すぐにみなさんのお役にたちます。

 えんど久子
 日本共産党にこの4月に入党したばかりのニューフェイスです。私と同じ鶴見校区の鶴見町在住で、アマチュア無線や皿回し、パソコンや将棋が得意です。
 やさしい笑顔で細やかな気配りができる男性です。一緒に勉強しながらタッグを組んでがんばります!

 ご指導どうぞよろしくお願いします


 第60回大分県母親大会 14.7.7(月)
 母親大会アトラクション
 第60回大分県母親大会でとてもいいお話を聞きました。会場いっぱいの参加者で椅子が足りなくなりました。

 演題は、今こそ「憲法の力」をつけよう!私たちが幸せになるために。

 伊藤真弁護士のお話よかったです。

 伊藤真弁護士の講演
 誰かに任せるのはやめて自分の頭で考え行動しよう。それが主権者。
 イラク戦争の時、政府は「日本の自衛隊は国連職員や復興支援物資を運んでいる」と答弁していたが、実は武装した米兵をイラクに運んでいた。

 政府は嘘をつくことがある。だまされてはいけない。平和国家という日本のジャパンブランドを失ってはいけない。押し戻すことはまだまだ可能だ。

 憲法は現実と違うと言う人がいるが、憲法は理想。現実を憲法に近づけたい。

 アウシュビッツなどの事実を知らされなかった国民はヒトラーに熱狂していった。

 講演のスライド
 今、日本の国会議員の中に従軍経験者はひとりもいなくなった。民主主義はアクセル、立憲主義はブレーキ。ブレーキ役がいなくなったら怖い。お世辞にも野党が力を持っているとは言いがたい。

 最後に伊藤真さんは「憲法を知ったものの責任として、まわりの人に伝えよう」と話されました。

 私はブレーキ役として日本共産党を大きくしていきたいと痛感しました。力を合わせて国民がかしこくなりブレーキ役になっていきましょう。


 戦争する国づくりは許さない 14.6.27(金)
 集団的自衛権の行使容認に向けて、与党の自民党・公明党だけで勝手に決めてしまおうとしています。7月1日にも閣議決定が狙われています。

 集団的自衛権とは、国民を守るためのものではありません。アメリカが海外で行う戦争に日本が巻き込まれることです。万が一日本が攻撃された場合は今の個別的自衛権で反撃できます。

 志位委員長が国会で何度聞いても、安倍首相は戦闘地域には行かないとは言わなかったのです。限定的と言いますが、この歯止めを外したら戦闘に巻き込まれ、日本人に殺し殺される犠牲者が出ることは他国の例でも明らかです。
 日本を海外で戦争する国にしてはいけません。国のあり方を大きく変える集団的自衛権の行使を与党内だけの閣議決定で決めるなど言語道断、許されないことです。絶対反対です。

 日本共産党市議団は6月23日市議会最終日、集団的自衛権行使容認に反対する意見書を別府市議会として国に上げようと提案しました。しかし、賛成は共産党と社民系の会派の計6人。自民党系や公明党などの反対で否決されてしまいました。

 私は演説で市民のみなさんに反対の声を上げようと訴えています。また、反対のファックスを送ろうとを準備し、呼びかけています。みなさん、一緒に力をあわせましょう。

※ファックス用紙は こちら から


 別府をもっと知ってもらうために 14.6.24(火)
 別府市議会中継
 6月市議会の私の一般質問は17日でした。

 小さくても輝く自治体フォーラムIN九重で、地元を知ることから始まり元気になっている多くの自治体の取り組みが紹介されました。

 私はこの自治体フォーラムで多くを学んだことを紹介しながら質問。「市民がもっともっと別府の温泉を楽しみ歴史を学ぶことで、ますます別府を好きになり、自慢したくなるようになるのでは。それは活性化につながる。市民や観光客に別府をもっと知ってもらうために、ソルパセオ銀座のまちなか交流館を温泉文化資料館的に使えないか」と質問しました。

 照湯のパネル
 「貸し館利用もできるようになっているので常設は難しいが、その方向で検討したい」と答弁がありました。

 さらに私は、江戸時代の照湯の絵や明治初頭の浜脇温泉の絵をパネルにして示しながら、別府の温泉の歴史を多くの市民にもっと知ってもらおうと提案しました。
 別府市誌にある照湯の絵は、さしずめ江戸時代の温泉保養ランドです。今の照湯にも当時の洗い場の石の床が使われています。

 鉄輪から別府を望む
 別府に温泉はいったいいくつあるのでしょう。
 議会の質問準備のなかで私なりに数えてみました。私は250ヶ所まで確認できました。
 「市が把握している共同温泉は」との他の議員の問いに「市有区営69、区有区営15、組合温泉11」と答弁。それに市営19を加えると114。

 私はこう数えてみました。市のパンフによると、市営19、その他77、組合員のみ38、計134。市のパンフとのダブりを除いた温泉本にある民間やホテル旅館の誰もが入れる温泉が58。(温泉本にある誰もが入れる温泉の計は141)ホテル旅館組合の加盟名簿から温泉本とのダブりを除くと58。134+58+58=250ヶ所となります。(日出・足湯・休業中を除いた数)

 湯雨竹(水で薄めずに温泉を冷やす設備)
 これ以外に、ホテル旅館組合に加盟していないホテル旅館もあり、組合員だけアパートの住人だけが入れる温泉もたくさんあります。
 斎藤雅樹さんは400ヶ所ほどあると言っています。会社や寮や個人宅の温泉も入れると、数えきれない状況です。

 これほど多くの温泉が地域にある温泉地は、日本中探しても他にはありません。

 しかし、別府の財産である共同温泉は運営が大変です。市民と議会との対話集会で「市が支援を」と切実な声がありました。
 私は「湯雨竹(ゆめたけ)のような水を使わす温泉を冷やす設備に対し技術や設備への補助など支援ができないか」と質問しました。
 「いろいろな議員がこの件で、水道代の補助など質問してきたが具体的になっていない」と具体化を求めました。
 「検討する」との答弁でした。

 浜田温泉資料館
 「私はあちこちの温泉に入って疲れもストレスも全部お湯に流して幸せな気持ちで一日を終わる。別府に住んで幸せだぁと実感し温泉をPRしています」と、私のことも紹介。

 6月22日には温泉大好きのメンバーたちと私も紙屋温泉のお掃除に参加しお手伝いしました。


 教育委員会制度問題で懇談 14.6.10(火)
 懇談風景
 6月4日、大分県の教育次長と教育委員会制度の件で懇談しました。
 日本共産党は、教育委員会は政治的中立性を守るべきと考え、アピール「教育委員会改悪法案に反対する国民的な共同を呼びかけます−侵略戦争美化の『愛国心』教育、異常な競争主義の教育を許さない」を発表しました。(こちら

 日本共産党県委員会からは、林田澄孝県委員長・堤栄三県議・私えんど久子が参加しました。
 河野盛次教育次長は、「中身が見えてこないので何とも言えないが、枠組みの変更はないのかな、大きな変更はないのかなと考えている」と言うので、認識の違いに驚きました。
 林田県委員長や堤県議が、教育大綱は国の方針を元に策定し、教育委員会を従属させる仕組みであることなどを話しました。

 発言する猿渡
 教育次長は「大阪でいろいろあったが、大分県では正常な関係が保たれている。いろいろな時に県教委がどれだけ独立性を発揮できるかが課題だ」と言います。

 私は、首長が変わった時にはどうなるかわからない危惧があると話しました。また、戦前戦中の時代の教え子を戦争に送った苦いつらい教訓から、教育が政治に巻き込まれたり利用されたりしないよう、戦後、教育委員会は教育の独立を保障する制度になったこと、それを守ることが大事だと考えていることを話しました。

 同じ過ちを繰り返してはならない。そのために、多くのみなさんと力をあわせたいと思います。


 九電本店に要望に行きました 14.6.5(木)
 九電に要望書を手渡す松崎真琴鹿児島県議ら
 九州7県の日本共産党県委員会と九州沖縄ブロック事務所の代表は、6月3日、福岡市の九州電力本店に川内原発と玄海原発の再稼働中止を求める要望書を提出しました。

 九州7県から日本共産党の県議会議員ら24名が集まり、九電のグループ長らと話し合いました。私や堤栄三大分県議らが参加し、九電に再稼働中止を求めました。

 日本共産党の交渉団は、活断層や火砕流の問題などを指摘。
 また、「苛酷事故が起きた際の避難計画は自治体任せだ。企業責任をどう考えているのか。避難できなくても仕方ないと思ってるのか」
「住民の避難計画はそもそも成り立たない。病人や要介護者はまだ計画の対象外。それなのにどうして原発を動かすことができるのか」と迫りました。

 発言する提県議
 九電側は「私達の役割は、事故の際に情報を速やかに伝えることだ」と繰り返すばかり。
 日本共産党の交渉団は、「避難する3号線は一車線で渋滞し30キロ圏外へは28時間もかかるとの予想だ。大混乱して避難できない」
「ピーク時は42時間かかる」
「見殺しにされると住民は知っている」
「それでも再稼働するというのか」と、口々に訴えましたが、避難について「何ができるか具体的には決まったものはない」と九電。

「事業者として無責任だ」「再稼働ありきじゃないか」と日本共産党の交渉団から声が上がりました。

 堤栄三大分県議は「大分県は川内・玄海・伊方の3つの原発に囲まれている。自然エネルギーに切り替えるべき。地熱発電所の職員は自負を持って仕事をしている」と発言。
 私は「原発の苛酷事故が起きたら避難なんて無理だということだ。自然エネルギーに切り替えるべきで、その方が企業イメージ企業ブランドとしてもよいはず。なぜ自然エネルギーに切り替えようとせず原発にしがみつくのか」と発言しました。

 話し合い風景
 九電は、「再生可能エネルギーに特化した会社も作り力を入れている。地熱など有効と思っている」というものの、「原発はエネルギー政策として重要だ」と原発にしがみつく姿勢です。

 九電側は、川内原発にかかわる地震エネルギーが想定を上回る11倍だったことに関して「地震安全評価を今やっている。地震補強工事はしないともやるとも言えない」と回答。

 「大飯原発運転差し止めを命じた福井地裁判決は原発事故は250キロ圏の人格権を侵害するとしているが、この判決をどのように受け止めているのか」という問いに対しては、「係争中のためコメントは差し控えたい」と回答。
 これに対し「九電にも向けられた判決だ。コメントなど無責任だ」と批判の声が上がりました。

 最後に松崎真琴鹿児島県議は「責任ある回答納得できる回答ではなかった。ますます九電の再稼働ありきの姿勢がはっきりした。原発再稼働をやめて廃炉への道をすすんでもらいたい」と強く求めました。


 耐震改修補助に関して県に要望 14.5.20(火)
 県へ要望書を提出
 5月19日、ホテル旅館等の耐震改修補助に関する要望書を日本共産党大分地方議員団として広瀬県知事あてに提出しました。

 県議会議員(大分市選出)の堤栄三、別府市議会議員の平野ふみかつと私、えんど久子、日本共産党大分県委員会の山下かいが大分県庁で県建築住宅課課長補佐らと話し合いました。

 法改正で、1棟が3階以上5000?以上のホテル旅館などの建築物について27年度までに耐震診断を行うよう義務付けられました。別府市では対象となるホテル旅館は8施設9棟、他に医療施設と老人福祉施設各1棟です。

 耐震診断、補強設計・補強計画、耐震改修に対し、国や地方自治体が補助をするのですが、その補助などについての要望を行ったものです。

 県との話し合い
「1、耐震改修へ何らかの支援を検討している。
 2、融資については県の金融支援室が国に対し要望することについて検討している。
 3、ホテル旅館以外の建築物への補助については全く白紙で今後来年度予算に向けて検討していきたい」
 ──と県は回答しました。

 回答を受けて私は、「別府市は耐震改修費の5.75%の補助を予定している。県も少なくとも5.75%補助していただかないと困る。
 夏休みまでに工事を終わらせたいホテルもあり、知事選挙のために予算の決定が6月になることがないよう、3月議会で予算化してもらいたい。

 1棟平均4億8000万の耐震補強工事費と試算される。それに加えて同額程度の内装・空調・電気などの関連工事費がかかり、計9億円あまりの工事費になると予想されている。
 関連工事は全額自己負担であり、5.75%県補助をいただいても、7億円ほどの自己資金が必要となるのでは。

 事業者はすでに目いっぱいの融資を受けているので、国に特別枠の融資制度を作ってもらわないと工事ができない」と訴えました。

 対応した課長補佐は、「補助を出すこと自体も財政から認められていない。補助を要求するが要求する補助率は決定していない」と言います。
 私は、「ゼロの可能性もあるということですか?」と聞くと「そうです」と言うので、県の消極的な姿勢に驚きました。

 県との話し合い
 私は「『日本一のおんせん県おおいた』とPRしているんだから、しっかり予算を確保してほしい。今でもホテル旅館は厳しい。廃業などということにならないよう、おんせん県おおいたの顔である別府のホテル旅館を支援しなければならないと、知事や財政に対し担当課がしっかり主張し頑張ってもらいたい」と強く求めました。

 「対象となるホテル旅館は災害時の避難所になるところであり、今後、財政に働きかけをしていく」と答えました。

 堤県議や平野市議らも、ホテル旅館だけでなくそれ以外の病院や介護施設なども補助が必要なことなどを訴えました。

 この日の夕方、別府市観光協会や旅館ホテル組合に報告に行きました。


 バリアフリー探検隊 14.5.11(日)
 A班とB斑
 5月10日「別府のバリアフリーを考えたい!バリアフリー探検隊」のバリアフリー調査に参加しました。
 障がい当事者5名、健常者9名が3班に分かれて、午前9時半から午後1時近くまで調査しました。

 私達A班は、別府駅〜北浜〜ゆめタウン〜浜脇〜流川通り〜中央公民館〜青山通り〜別府駅というコース。各コースとも、かなり距離がありましたが歩いてチェックしました。

 これぐらいの段差で車椅子が後ろに倒れそうで怖い
 駅前の歩道の段差はわずかですが、「これくらいの段差でも車いすが後ろに転倒しないか怖い」と気になります。
 「点字ブックは弱視の方には色のコントラストが大事と聞くけど、この色はどうなのかな?」など話しながら……。

 駅前通りを下り、国道10号線を大分方面に。10号線の海側の歩道は、車道と段差がある歩道のため車が入る店舗の入り口など車道側に傾いていたり、歩道のブロックが割れていたり、路面に傾斜やデコボコがあったりして通りにくい箇所が多くありました。
 「少しの傾斜でもけっこう力がいる」と車いすのメンバー。

 点字ブロックに植木がはみだして使えない
 ゆめタウンの北側の歩道は、点字ブロックが端の方にあり、植木が歩道にはみ出して点字ブロックを覆ってしまい、点字ブロックが使えない状態になっていました。「点字ブロックの意味がないよね」とチェック。

 「歩道には点字ブロックがあるのに、横断歩道は点字ブロックなくて大丈夫なの?」
 「やっぱり横断歩道にも点字ブロックあった方がいいよね」
 「信号の音声案内があるところもあるけど、そうでない横断歩道が多いし」

 ──というのも気になりました。

 橋と道路との境の部分が傾斜になっていて危険(朝日橋)
 一番危ないと思った箇所は、橋と道路との境の部分。橋を渡り終えたところで歩道の車道側が急な傾斜になっていた所です。

 「ここで車いすが転倒してしまったら、車道に投げ出されて国道10号線をひっきりなしに通る車に引かれてしまうよね」
 「高齢者のシニアカーも危ないと思う」
 などと話しながら、高さを測るなどチェックしました。「車中心の道路になってる」とみんなで話しました。

 10号線山側の歩道はフラットで通りやすい
 10号線を渡り山側の歩道を歩くと、こちらは車道とフラットな歩道を縁石で区切るタイプの歩道で、傾斜もなく安全です。歩道の奥の敷地との段差はあっても歩道はフラットに、という配慮がうかがえ、違いがよくわかりました。

 流川や青山通りなどは、坂道ですがバリアフリーは気になる箇所もなくよく整備されていると感じました。

 今後、チェック箇所を整理して改善を求めていく予定です。

 傾斜があり車椅子ではかなり力が必要(浜町歩道橋東側)
 参加できなかったヘルパーさんからは、「車椅子を押しての移動は腕がパンパンになります。極端な勾配、小さい段差など歩道でもかなりあります。いつも利用者さんと話すんですが……。少しずつでも外出しやすくヘルパーの負担が減ることを願います」と声が寄せられました。

 共に生きる条例が施行された別府市として大事な取り組みです。私もみなさんと力をあわせて今後ともがんばります。

TOPへ