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 議員という仕事柄、たくさんの人とお会いします。また、市内、県下は当然として、日本中をとびまわることも多いのです。誰とお会いしても、どこを訪問しても、教えられることがたくさんあります。そんな活動の一こまを、写真とともにご紹介いたします。
 近鉄跡地のマンション計画 08.8.30(土)
 私は、近鉄跡地のマンション計画について、8月29日の一般質問で取りあげました。私はこの問題を、昨年6月議会から、ほとんど毎回の議会でくり返し質問してきました。

 別府駅前の近鉄デパート跡地に本多産建(本社、宇佐市)が建設を計画している複合分譲マンション。当初は22階建て420戸、全戸温泉付きの分譲マンション、1〜2階は商業施設、という計画でした。今回の質問で、15階173戸に計画縮小を検討中と、答弁がありました。
 
 このマンション計画は、中心市街地活性化基本計画の中核事業のひとつです。 

 当初の計画に、温泉の不足、日照権や交通などの問題で、地元やホテル・旅館街に不安や反対の声が上がりました。私は、別府に高層マンションはいらない、中心市街地の活性化に役立ち地元に喜ばれる計画にと、くり返し質問してきました。

 すでに、全戸温泉付きは中止となり、一時は19階建て370戸と言っていた計画を、さらに縮小、というものです。また、約4500平方メートルの土地の55%部分にマンションを、残りの45%の土地は別の活用方法を検討中、とのことです。

 私は、市民から市民が憩えるようなスペースをと声があるが、そのような中庭的なスペースを取り入れた計画にできないか、提言するよう求めました。
今後も、がんばります。

(写真は別府近鉄跡地−背景のビルは無関係です)

 一般質問「教育長の『口利き』問題」 08.8.29(金)
 きょう、市議会で私の一般質問がありました。
 高すぎる国保税、教員不正採用の問題、同和事業の貸し付けの問題、まちづくり、などなどについて質問しました。

 きのう(8月28日)、他の議員の質問に教育長が、信頼を損ねたことに反省の弁を述べ、信頼回復に向け全力で取り組んでいく、と答弁しました。しかし、教育長が何を反省したのか私にはわかりにくかったので、きょう、私からも質問しました。
 別府市の教育長が、10年前県教委の次長だった時期のことについてマスコミに発言したことが、7月中旬に報道されました。これを踏まえての質問です。

 「この時、『私は口利きではなく推薦と思っている。推薦があった人すべてを不正に採用したわけではない』と言っているが、この認識は今も変わっていないのか。それとも変わったのか。『それを口利きというんだ』というのが市民の感覚であり、そこをきちんと反省しその感覚を変えない限り、信頼回復はできないと思う。推薦だと言っても、そのために採用されるはずの人が採用されなかったという事実があるわけだから。とても大事なところなので、明確に答弁を」と重ねて質問。

 教育長は「当時、私は推薦というかたちで、『いい方がいるので、ぜひお願いします』という感覚で受けていたことは事実。ただ、いろんな解釈の中で口利きであると言われている。それはそれなりに考えていかなければならない」と、答弁しました。しかし、私が「まだ、わかりにくい。そこを反省しているのか」と重ねて質問。「私が反省したと言った中身に、議員がいわれた点も含まれている」と答弁しました。

 60分という時間制限のなかで、言いたいこと聞きたいことがたくさんあって、いつも時間が足りない…。時間配分が難しいですが、まじめな職員さん達に学ことも多いです。でも、市長がもったいぶってなかなか答弁に立たないのはくやしいですねぇ。

(写真は7月15日の教育長への申し入れ風景)

 コスモピアにさらに14億円も 08.8.20(水)
 8月18日、市議会全員協議会が開かれ、市の第3セクター・財団法人別府商業観光開発公社(コスモピア)の精算問題について、トキハ及び3つの金融機関と最終合意したと、市が報告。9月議会に提案する内容を説明しました。

 最終的な債務処理のため、計14億円を、トキハと、公社が借り入れをした3つの金融機関に、別府市が支払うというものです。この議案が可決されれば、過去につぎ込んできた税金を含めると50億円を超える税金投入となり、大変な失政です。この50億円を福祉や教育に使えば、どれだけ市民のための仕事ができたでしょうか。コスモピアを推進してきた歴代市長と賛成議員の責任は明白です。

 市の説明は、「トキハへの専門店棟(コスモピア)の底地の譲渡価格は、3億5828万円(更地評価額の40%)となったが、トキハが平成10年から10年間にわたって土地借地料として支払ってきた7億9000万円(内払金)との差額4億3172万円を市がトキハに支払う。地元3公庫(大分銀行・豊和銀行・大分みらい信金)へは、公社借入金残高約9億6225万円を市が一括返済する。計14億円を市が支払う」というもの。

 この公社の理事長は、歴代別府市長がつとめてきました。公社は、1998年(平成10年)に66億円の負債をかかえて経営破たん。その際、契約書で「トキハは年間7,900万円の借地料を別府市に支払う」と取り決め、同じ契約書で「10年後には時価でトキハが引き取る。その際、借地料は売買代金の一部とする」としています。当時、この契約書に反対したのは日本共産党だけでした。地価下落により、トキハから受け取った10年間の賃料の合計より現在の土地代の方が安くなったため、トキハに約4億3000万円も返さなければならなくなったのです。

 日本共産党議員団の平野ふみかつ議員は、これまでも一貫して「この取り決めでは結局、借地料は無料ということになる。市民の理解は得られない。トキハと再協議して契約書の見直しを」と主張してきました。3月議会では松丸副市長が「再協議したい」と答弁しましたが、6月議会では浜田市長が「再協議はしない」と断言しました。

 18日の全員協議会で、日本共産党議員団を代表して平野ふみかつ議員が質問。「トキハとの覚え書きを10年間公表せず、当時の議員も覚え書きについて知らないまま議決している。このような議決が有効なのか」と厳しく批判しました。市側は「市の顧問弁護士と協議してきたが、覚え書きにある以上はそのとおりにしなければならない。覚え書きにある『更地価格の4割を譲渡価格とする』ということについては昨年9月議会で初めて説明した」と、10年間隠してきたことを認めました。

 賃貸契約でも売買契約でもない、どっちなの?という契約に賛成した議員たちは、いったいどういう感覚なんでしょうか。またどんな責任をとるのでしょう。

 行政が商売に手を出すべきではありません。この立場から、日本共産党はコスモピアの開業にも、市の損失補償にも、一貫して反対してきました。

(写真はコスモピアビル、後方はトキハビル)

 
 全県議員会議 08.8.19(火)
 県下の日本共産党議員が集まり9月議会に向けて会議をもち、介護保険・教員不正採用事件・公営住宅の家賃減免・同和住宅貸付け資金・国保税などの問題で論議しました。私は、8月18日、全員協議会のあと午後から参加しました。

 堤栄三県議会議員は、県議会の全員協議会終了後、この会議にかけつけて、要旨以下のように述べました。

 「私は教育委員会を呼ぶよう事前に要求していたが、今回の全員協議会は、教育委員会を呼ばずに議員だけで行なった」

 「議長提案の宣言案に『議員活動の一部を自主的に制限する提案』があるが、口利きは議員活動ではない。地域住民の要望をくみ上げ暮らしや福祉を守る本来の議員活動に戻していくべきだ。これを『議員活動にあるまじき行為の禁止の提案』とすべきことなどを主張したが、取り入れられなかった」

 「さかんに『堤さん、もうそげぇ言いなさんな』と言う議員もいて、この宣言で終わりにしようという姿勢が見え見えだった」と報告しました。

 堤県議の報告を聞きながら、私も熱くなりました。口利きを、議員活動だと思っている感覚が、だいたい間違いのおおもとですよね。
 「『口利き』でなく『推薦』です」とか言うけど、「それを『口利き』って言うんだよ」と教えてあげたい気持ちです。

(写真は発言する堤県議)

 大健闘だけど残念な結果に 08.8.11(月)
 定数1の宇佐市議会議員安心院(あじむ)区補欠選挙で、荷宮みちえさんは1665票(前回票の3.5倍)の支持をいただきましたが、388票差で次点という、大変残念な結果に終わりました。

 「農業も商売もやっていけん」「生活が大変で首をくくろうかと思うが、子どもに迷惑をかけられんから、それもできん」「合併して何にもいいことはない」など、切実な声がたくさん寄せられました。

 「こんなに生活が大変な時だからこそ、ちゃんとものの言える議員が必要」という声も広がりました。

 荷宮みちえさんを先頭に、その声に応えて議会でどうしても働かせてもらいたいと、後期高齢者医療制度の廃止、国保税・介護保険の負担軽減、農業への支援など5つの公約を訴え、炎天下で孟奮闘しました。しかし、住民のみなさんの期待にこたえることができず、本当に残念でなりません。

 私も、一生懸命応援しましたが、大変いい勉強をさせてもらいました。自民党・公明党の悪政でこんなに国民が苦しめられている時だけに、国民の期待にこたえられるように、今こそ、日本共産党をもっともっと大きくしていかなければならないと痛感しています。

(写真はひまわりの咲く安心院の風景)

 安心院区の補欠選挙 08.7.26(土)
 宇佐市安心院(あじむ)区の補欠選挙が、8月3日告示、10日投票で行なわれます。
 学生時代からの親友、荷宮みちえさんが立候補を決意しました。

 安心院町議から合併にともない宇佐市議となったみちえさん。昨年4月の選挙で落選しましたが、再選をめざし、毎日猛暑の中で街頭演説などがんばっています。

 「生活がますます厳しくなっちょん時だけに、安心院の声をしっかり届けて、ちゃんとものが言える議員がおらんと困る」
 「『みんなの安心院』がなくなってから情報が入らんで何もわからん。『みんなの安心院』で議会のことを知らせちょくれ」

 という声がひろがっています。
 「今度こそ、この声にどうしても応えたい」と奮闘しています。

 私も、応援がんばります。

 「大石事件」のこと 08.7.26(土)
 7月19日の「日本共産党86周年記念祝賀会」のことは、当日のこのアルバムに書きました。その時の写真を豊後高田市議、大石忠昭さん(写真左から3番目)から頂きました。祝賀会であいさつする私と、各市議会議員の写真です。

 大石忠昭さんは、2003年5月3日、いつものように支持者宅に後援会ニュースを届けているところを、尾行して張り込んでいた警察に逮捕されたのです。まるで戦時中の特高警察がよみがえったような出来事でした。

 公職選挙法違反というのがその「罪名」です。以来、全国の仲間の応援に励まされながら裁判を闘ってきました。政治的立場のことなる保守的な信条の方も「民主主義を守る」という大義の下に参加してくれました。
 私も「選挙の自由をひろげ大石さんを守る別府の会事務局長」として、大石さんの無罪を求める署名活動などの取り組みをすすめました。

 その運動の中で、公選法の世界に類のない非民主性や、この「事件」そのものの謀略性が明らかになってきました。しかし最高裁は、本年1月18日、自らの「憲法の番人」の責務を放棄し、何の審理も尽くさず上告を棄却したのです。不当な最高裁の態度ではありましたが、警察が執念を燃やした大石さんの議席の剥奪はついにできませんでした。

 控訴審の公判中にたたかわれた市議選で、大石さんは再びトップ当選を果たしました。これは、「豊後高田市には大石さんの議席が必要である」という市民の意思であるとともに、不当な弾圧に対する市民の抗議の表明であったと思います。ともあれ、全国のご支援のおかげで、かけがえのない大石さんの議席を守ることができました。

 わたしも、この闘いの中で大変多くを学びました。
 一番学んだことは、ものごとに取り組む姿勢だと思います。大石さんをはじめ国民救援会や各地の守る会のみなさんは、困難に明るく前向きに立ち向かい、むしろそれをエネルギーにしてしまう。すごいことだと思います。

こういう不屈性というのが、日本共産党の歴史を作ってきたんですね。

冬晴れに法の番人背を向けて──久子(最高裁判決言い渡しを傍聴して)

 街角からのあいさつ 08.7.26(土)
 週に2回、朝、街頭に立ちます。
 月曜日は西別府病院の下に、金曜日は御幸橋に立ちます。

 「おはようございます」
 「日本共産党です」
 などとあいさつするだけですが、会釈を返したり手を振ったりして下さる方に励まされます。

 いつも会う方が通らないと、「きょうはどうしたのかな?」と気になったりします。付きあって一緒に立って下さる永野義彦さんのおかげで、何とか続いています。

 先輩の白石昇さんのように30年近くも続けるというのはすごいことですね。

 消費税増税反対の街頭署名 08.7.24(木)
 消費税をなくす別府市の会では、毎月20日に別府駅前で消費税増税反対の街頭署名活動を行なっています。今月は都合で24日に変更しました。

 はじめは「消費税増税は必要だと思う」と言っていた女性に、

 「大もうけしている大企業には、10年前と比べて年7兆円も減税してるんです。米軍の基地移転に3兆円と言ってるし、軍事費の無駄遣いをあらためるなどすれば、消費税を上げなくても社会保障の財源は作れるんです」

 と話すと、

 「そうですね。無駄遣いはたくさんありますよね。本当はあがったら困るし、書こうかな」

 と、名前を書いて下さいました。

 お祭りに行く中学生も、みんなで名前を書いてくれました。
 収入のない子どもからも税金取るなんて、税金の原則に反してますよね。

 それなのに、大企業は価格に転嫁するから、消費税は1円も払ってないんですよ。中小企業は立場が弱く消費税を価格に転嫁にできないし、結局、消費税は庶民と中小企業だけが泣かされる、最悪最低の税制度なんです。

 「消費税増税は許さん」の世論を大きくひろげましょう!
 福田首相の世論切り捨てを許さない運動を展開しましょう。

 写真は、清原靖弘さん(82歳)と一緒に。清原さんはいつも欠かさず街頭署名に参加し、熱心に話して署名をたくさん集めます。

 日本共産党86周年記念祝賀会 08.7.19(土)
 大分市で開かれた、日本共産党86周年記念祝賀会に出席しました。

 日本の政党の中で一番歴史あるのが日本共産党です。1922年7月15日、国民の苦難を解決することを目的に創立され、今年86周年を迎えました。

 第2次世界大戦に突き進んでいく時代に、日本共産党以外の政党は、すべて侵略と戦争推進の大政翼賛会に合流していきました。その中で政党としては日本共産党だけが、平和と民主主義の主張を曲げず、命がけで闘いぬいたのです。

 戦争反対の声がひろがることを恐れた戦争推進勢力から大変な弾圧を受け、命を奪われた党員も多かった時代。大変な苦労をしながら、侵略戦争反対、主権在民、男女平等などを主張し続けてきました。

 戦争が終わって、戦争を推進した政党は、名前を変えて出直しました。そして、日本共産党が戦前から主張してきたことが正しかったことが証明され、今ではあたりまえのことになっています。

 私は、そんな日本共産党の一員であることを誇りに思っています。この党を築かれた先輩達に敬意を表したいと思います。

(写真は、あいさつする田村貴昭さん 党九州沖縄ブロック国政対策委員長)

 原水爆禁止国民平和大行進 08.7.18(金)
 広島・長崎の原爆の日を前に、毎年核兵器廃絶を願って歩き続ける平和行進。7月14日月曜日、今年も歩きました。
 通し行進者の野口さん(68歳)は、宮崎から広島まで500キロ近くもあるでしょうか、全行程を歩きます。日に焼けて真っ黒です。
 私は別府大学駅から関の江までを歩きました。(元から黒いくせに日焼け対策をして出かけました)
 
 今年で50年を迎える平和行進。
 先輩市議の白石昇さん(83歳)は、きのう(東別府から別府大学駅)もきょうも、大変な暑さの中、全部歩き通しました。さすがですね。すごいです。お疲れが出ないように気をつけて下さい。
 
 写真を撮ったとき、白石さんが「大丈夫かぁ」と言いました。やっぱり大丈夫じゃなかった……。なんと、私のデジカメにカードが入っていなかった……。しょうがない、ドライバーの加藤さんのカメラで撮った写真をメールで送ってもらいましょう……。

 ということで、7月14日に書いた原稿なのに、今日アップすることになりました。

 歩道が改善されました 08.7.16(水)
 扇山21組の10(ほっぺパーク上)の歩道。

 
「草が生えて管理が大変。舗装し直してほしい」と要望がありました。

 住民のみなさんの要望を市に伝え改善を求めたところ、さっそくきれいに舗装され喜ばれています。

(写真は7月15日撮影)

 教員採用汚職についての申し入れ 08.7.15(火)
 全国に衝撃が走った教員採用汚職事件。子どもたちや保護者をはじめ市民に教育への不信と批判がひろがっています。
 仕事をしながら勉強して採用試験を受け続け、意欲も能力もあるにもかかわらず減点で不合格とされた方も多く、絶対に許されないことです。
 子ども達への影響も心配です。  

 別府市の郷司義明教育長が、10年前の県教委幹部として

 「当時県教委の判定会議で、採用試験の成績上位30人までは、そのまま合格としたが、あとの20人は男女の比率、臨時講師歴、口利きなどを加味して合否を決めた。最終決済は教育長が行なった。私は現金をもらっていないが、シャツ仕立券や酒をもらったことがある。」

 「推薦の依頼があったので私も推薦した。物品は、お中元やお歳暮の範囲だった」

 などとマスコミに語ったことも波紋を呼んでいます。

 私たち日本共産党市議団は、7月15日(火)、郷司義明別府市教育長に対し「教員採用汚職の全容解明と再発防止・信頼回復についての申し入れ」を行ないました。
 信頼回復への努力を求める議員団に、同教育長は「県教委の全容解明に協力できることはしていく。市教委として信頼回復については言われるまでもなく全力をあげる」と述べました。(写真手前右が教育長)

申し入れ文書は こちら から

 大江健三郎講演会に行ってきました 08.7.14(月)
 昨日13日、「9条の会・うすき」主催の大江健三郎さんの講演会に行って来ました。
 他にも予定があり迷ったのですが、やはり行ってよかったです。
 さすが、ノーベル文学賞作家であり、9条の会の呼びかけ人ですね。大きな観点からのお話でした。

 「『天皇陛下から死ねと言われたら』と先生から問われたら一瞬の迷いもなく『死にます』と答えなければなぐられた戦中の少年時代」

 「10歳で終戦を迎え、10歳から15歳くらいまで新しい憲法を一生懸命勉強した。私にとっての日本の民主主義の時代。憲法に出会った時の思いを伝え、みんなに声を出してもらおうと、9条の会を作った」

 という大江氏。

 「核兵器の時代は終わっている。今10代の人が30代になる前に核廃絶はできる。そうする他はない」

 と語ったことが胸に残りました。

 「僕たちは国民投票はできないが、9条が変えられたら僕たちが戦争に行くことになるかもしれない」
 「憲法9条を守るために僕たち子どもができることは?」

 という中学生たちの質問に、勇気づけられた思いでした。

 国保税の引き下げを求める署名 08.7.12(土)
 国保税の引き下げを求める署名をはじめました。幅広いみなさんと一緒に取り組むため、今後、この運動に取り組む会を作りたいと思っています。
 今のところまだ会が結成されていないので、取り扱い団体名が空欄の署名用紙を作りました。 個人で取り組まれる方は空欄のまま、団体の方は団体名をご記入ください。

 ※署名用紙は こちら を印刷してご使用ください。

消費税反対署名 08.7.8(火)
 消費税をなくす会のみなさんと「消費税増税反対」の署名をお願いに商店街をまわりました。

 「消費税が上がったら生きていけんわぁ。誰かこんな署名をしてくれんとねぇ」と、みなさん快く署名に協力いただき、待たれていると感じました。

 「消費税増税反対の看板掲げて歩きたいくらいですよ」と、署名用紙を預かって下さる方も。消費税のことに限らず、いろいろな声を聞かせてもらいました。

 こんな活動をもっとひろげていかなければ、と思っています。
 それにしても、シャッターと空き地ばかりが増え、本当に淋しく深刻です……。

別府スパビーチ 08.7.7(月)
 友人たちとスパビーチにお弁当を持っていきました。

 お弁当は、ガード下の「菜の花」というおかずやさんにSさんが頼んでくれました。とってもおいしくて大好評!自宅のタッパーを持っていって詰めてもらうので家庭的です。

 暑い日でしたが公園は風が気持ちよく涼しくて、「海でお弁当食べるなんて何年ぶりかなぁ」と木陰にシートをひろげました。

 野口・北小学校の統合の話や、上がった国保税の話がでたり、家族の介護をしている方からは「6年くらい待っているが老健に入所できない。いつまで待っても入れないんじゃないか」という声も・・。

 亡くなった先輩議員本田ゆきおさんの思い出話もしながら楽しく食べました。

扇山公民館の集い 08.7.5(土)
 地元の扇山公民館で集まりを持ちました。

 ある参加者の声です。

 「年金から後期高齢者保険料を天引きされた上、妻の国保税も引かれる。あんまり頭に来たから市役所に文句を言いに行った。我々は14〜15歳で特攻隊に駆り出された。今の日本があるのは、我々世代が死にものぐるいで働いてきたからだ」

 「自分は、安倍首相の時に内閣総理大臣宛に『憲法9条は守るべきだ』と手紙を送ったが、返事はこない。自民党・公明党のやり方には腹が立ってしょうがない。日本共産党にはぜひがんばってもらいたい」

 元気で明るいこの男性の発言で会場は盛り上がりました。私は「国保税の大幅値上げは身近な市会議員にも文句を言って下さい」と言いました。

 ひとりの力は小さいけれど、みんなで力をあわせれば大きな力になります。ご一緒にがんばりましょう。(写真は発言する山下かいさん)

まちづくりの学習会に参加 08.7.2(水)
 6月15日と7月1日、大分大学福祉科学研究センター主催のまちづくりの学習会に参加しました。

 7月1日は、神楽坂でまちづくりに取り組んでいらっしゃる鈴木俊治氏のお話を聞きました。

 「温泉プラス路地というこれだけの資源があり残っているまちは、全国でもそう多くない。『路地歩きを楽しめる温泉街』をもっとPRすべき。中心市街地は多様な人が住める場所になるのでは」

 「自信を持って、別府のまちが好きだと大きな声で言おう」

 「もっと気楽に取り組んでいけばいいんじゃないの。できない、まだいいかと思っているうちはできない。やる気になればできなくない。」

 というお話しが印象的でした。

暮らしを破壊する国保税の値上げ 08.7.1(火)

 国保税の大幅値上げの通知が届き、市役所に苦情が殺到しています。

 きのう、私のところにも
 「こんなに上がってとてもじゃないけど払えん。通知を見てびっくりした。そうじゃなくても、いま生活できん状況やのに・・・」
 と、ある方から怒って訴えがありました。所得がすこし上がった場合など2倍とかそれ以上になることも・・・。

 通知が届いてすぐにも、「137万円の課税所得額で39万8100円の保険税って、払える人いるのかなぁ?減免額なんて大したことないのに。本当にビックリです!」とメールももらいました。

 3月市議会の国保値上げの審議で一番ひどいと思ったのが、厚生委員会で私たち日本共産党議員団の平野ふみかつさん以外、誰一人質問もしなかったこと。
 十分に審議をつくすために委員会に付託するのに、その意味がない、あんまりだと思いました。

 そこで私も、議会最終日に委員長質問をしましたが、長野やすひろ委員長は、まともに質問に答えない。これも市民をバカにした態度ではないでしょうか。
 これほど市民を苦しめる議案に、賛成理由も述べず黙って賛成する議員たち。せめて上げ幅を抑えたかったのに、それもできなかったことが悔しくてなりません。

 値下げ運動をしようと相談中です。命と暮らしを守るため、力をあわせてがんばりましょう。

(写真は市議会最終日の6月20日、農業を守るための意見書を読み上げ提案理由説明する私です。実はこの日、高校PTAの九州大会がビーコンプラザであり、雨の中、屋外でご案内のお手伝いをしてから議会へ・・・。髪はボサボサだし、議員バッチつけるのも忘れてるし・・・ボーっとした顔してる・・・)

別府市内成棚田のオーナー制度 08.06.22(日)

 6月22日、鶴見小学校の式典の後、急いで着替えて内成へ。

 大分県別府市の内成棚田は全国棚田百選にも選ばれ、1300枚以上、42ヘクタールという全国有数の規模です。代々苦労して築いてきた棚田を30戸の農家が守っています。1000年近い歴史があるとも言われます。

 今年初めてオーナー制度を取り入れ、22日に田植えが行なわれました。私もオーナーとして田植えを体験させてもらいました。
 これまでも、内成棚田の保全について市議会で何度も取りあげてきましたが、地元のみなさんと仲よくなり、将来的には全国棚田サミットの誘致などにも取り組めたらと思っています。いただいた鶏めしがとってもおいしかったです!地元のみなさん、大変お世話になります!(この後、また急いで着替えて鶴見小35周年パーティに参加しました)

鶴見幼稚園・小学校35周年記念式典に出席 08.6.22(日)
 子ども太鼓をじっと見つめる子どもたちの瞳の輝きに感動しました。

 鶴見小学校は南立石小学校の分校として昭和48年4月1日発足。昭和49年4月別府市立鶴見小学校と命名開設。扇山の住民のみなさんが、のぼりを立て万国旗をはって大歓迎してくれたと、郷司教育長(当時鶴見小教諭)よりお聞きしました。

 地域の学校として今後の発展を願っています。そのために私もお役にてればと思います。

立川義人さんのこと 08.6.2(月)
 1911年2月12日生まれの立川義人さん(別府市扇山在住)は、大分市萩原生まれの97才。戦前、教員時代から日本共産党とともに80年歩んでこられた方です。1932年、小林多喜二よりも早い時期に逮捕された経験を持ちます。

 ペンもインクもない獄中から母に手紙を書いた21歳の立川さん。
 「蚊に血を吸わせ、その血で『正しいことをしている。心配するな』と、こよりに手紙を書き、パンツのひもの部分に入れて母に・・・。
 そして、レッドパージで学校をクビに‥‥。

 そんな経験を持つ立川さんのお話しをきちんと聞く機会を、と思いつつ気になっていましたが、昨日の6月1日、若い人たちと一緒にお話を伺いました。

 こんな命がけの苦労をしながらも、あの戦前の時代から戦争反対を貫いてきた日本共産党。本当にすごい!!!

城崎温泉視察にいってきました 08.5.22(木)
 兵庫県豊岡市の城崎温泉は1400年前、コウノトリが田んぼで足の傷を癒していたことから、村人が温泉を発見したと言われています。

 昭和2年から23年も続いた内湯紛争。ある旅館が内湯を作ったことに対し、町民が自分達の共同温泉を守ろうと立ち上がり、2度の裁判に住民側が敗れるなどの経過を経て和解、住民と行政が力を合わせて、共存共栄のルールを作ってきたそうです。そのために内湯の湯量を規制し、旅館の売店も小さくするなどの工夫をしています。
 旅館でも外湯をすすめられます。私も3つの外湯に入りました。

 ホテルや旅館のお客さんの囲い込みが指摘されている別府とは、大きな違いです。
 商店街には、スマートボールや射的など昔懐かしい店もあり、柳や石橋とともに温泉町の情緒を感じさせてくれます。 (写真は城崎の地蔵温泉)

 コウノトリを守る官民一体の取り組みも、40年以上ねばり強く続けられています。人工飼育に苦労しながら2005年最初の自然放鳥にこぎつけました。住民も農薬の使用をやめるなどコウノトリが住める環境づくりに努力してきました。
 その米をコウノトリの里ブランドとして売り出しています。

 今では126羽にまで増えたコウノトリ。その内28羽は自然の中で暮らしています。里山で子育てをするコウノトリの姿に、行政と住民が力を合わせた結晶だと感じました。(写真はコウノトリの里公園)

 住民と力を合わせて、一貫性をもち粘り強く取り組む行政の姿勢に、多くを学びました。6月議会の質問など今後の活動にに活かしたいと思っています。

別府市内の現地視察 08.4.25(金)
 4月25日、別府市内の現地視察で鉄輪や青山中学校、セーリング艇庫などに行きました。
 鉄輪は、昨年度大谷公園やポケットパーク(むし湯広場・渋の湯広場)などを整備。鉄輪むし湯は、以前は混浴でしたが、男女別に整備しお客さんが増え年間4万5000人に。
 地元の方は、リピーターが多いのがうれしいと話していました。
(写真は鉄輪むし湯)

 青山中学校は、築50年を経過し以前より改修の要望が強く、私はくり返し議会で要求してきました。学校や地域をあげての要望がみのり昨年度管理棟を大規模改修。
 今年度(08年度)は北校舎を大規模j改修します。
 吉弘踏切は車の離合も困難なところです。カーブで坂道の危ない道を、まっすぐな道に改善します。総工費2億2500万。H22年3月末完成の予定。(写真は吉弘踏切)
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